視覚は海に住むシャコのような無脊椎動物からトリ、ヒトに至るまで多くの動物に共通してある感覚で、それぞれの種には彼らの生活に適した視覚機能がそなわっている。われわれヒトは、外界から得ている情報の8割程度を視覚に頼っていると言われ、特に物体の認知能力に優れていると考えられている。このヒトが見ている視覚世界は、周りの環境にある「光」の情報をまず目が受け取り、続いて脳の神経群が必要なものを選びだし、最終的にヒトに必要な姿に作り直したものである。一方、ヒト以外の動物の目や脳は、つくりも大きさも決してヒトと同じではない。このことは、われわれが「見ている世界」はヒト特有のもので、他の動物には彼ら特有の視覚世界があることをわれわれに想像させてくれる。 様々な色の花を訪れて蜜を得ているミツバチやチョウのような訪花性の昆虫は、色覚を含む優れた視覚を持っている。しかし、一般に昆虫は視力が低いのでその視覚世界はぼんやりとしたものだと言われている。本当にそうなのだろうか?花を訪れて、蜜のある場所にから蜜を吸っている様子からは、彼らの視覚世界がヒトとそれほど違っているとは到底思えない。 日本の広い地域に生息するナミアゲハは、近年その見る能力の理解が急速に進んだ昆虫のひとつである。色紙の学習と弁別を組み合わせた巧みな行動実験は、確かにアゲハの視力はあまりよくないが、色・明るさだけでなく光のひとつの性質である偏光の振動面などを見分けることを示していた。ヒトには見えない紫外線や偏光を見分けられることが、彼らの低い視力を補っているのかもしれない。 本講演では、ヒトで行われた古典的な心理物理学的実験とナミアゲハが花をどのように見ているのか?を明らかにしていく行動実験を中心に紹介しながら、“見える”“見えない”と...